当時ぼくは「棚からぼた餅」的な話を受け、写真週刊誌で連載記事の挿絵をやっていた。

週刊誌に連載を持っている、といえば聞こえはいいが他から依頼はなく、しかし一回当たりのギャラは原稿作成の作業量に対して割がよかったので、コンビニで週5バイトして得れる月収程度は稼いでいた。2006年。

当時「エアギター」というものが流行っていた。ギターを弾くふりをして観客を盛り上げるというよくわからないパフォーマンスだったが、なぜかその当時ブームとなった。

連載以外は特にすることもなかったので、新宿ロフトプラスワンで開催されていてたそのイベントに応募してみる事にした。日本大会決勝戦が行われるのはサマーソニック。そしてその日本大会で優勝すればフィンランドで行われる世界大会のチケットを得ることが出来るというのである。

結果は予選を2位で通過、本選の順位は覚えていない。それよりもサマーソニックに出れたことが嬉しかった。また他の出場者にプロレスラーのリッキー・フジ、元シャ乱Qのしゅう、海賊キャラクターで売り出す前のゴー★ジャス、そしてその年決勝戦で優勝し、その後開かれた世界大会で二連覇を成し遂げたダイノジの大地がいた。振り返ってわかるように、エアギター・ブームは格好のステッピング・ストーンだったのである。

客が入るイベントという事で、非公式のエアギター・イベントがあちこちで開催されていた。本家と違ってパチモンのエアギター・イベントのステッピング・ストーン感は出場者の胡散臭さと相まって増していた。ステージで前衛芸術的なパフォーマンスをはじめるものもいれば、ギターを持って登壇する者もいた。そして、本家以上に燻っているお笑い芸人たちがいた。

その中に桜塚やっくんをみつけた。意外だった。「こんなことしなくても売れかけているのに」と思った。

彼は当時出ていたテレビ番組「エンタの神様」に「スケバン恐子」というキャラクターで出演していたがまだ充分な知名度は無く、イベントの司会者からもそのキャラをたいしてイジられもせずに彼の出番は終わった。番組を観ていたぼくだったがそれを伝える事もなく、このよくわからないイベントは終了した。テレビと違いやっくんの紙芝居を用いたエアギター・パフォーマンスはそれほど受けず、楽屋に帰って来てからの機嫌はよくなかった。彼が使った曲はクリームの「レイラ」だったと思う。

リハーサルで細かい指示をしていた人。それがぼくの彼に対する印象だった。「板付きで」とか、「このタイミングで照明をこうして…」とか、余興程度に出ているぼくと比べたら全く違う姿勢だった。リハが終わって楽屋で手持無沙汰にしていた彼はぼくに、
「あのー、奥田民生に似てるって言われる事ないッすか?」と喋りかけてきた。それをきっかけに、二言三言音楽についてのやりとりをした。ユニコーンのファンなんすよ、と言っていた。交流はその時だけで、以降彼はエアギター・イベントに出ることなく(周りには「二度と出ない」と言っていたらしい)、その後訪れたブームに乗って一躍有名人となり、ぼくが仕事をもらっていた写真週刊誌でも、「飲尿AVに出ていた過去」が結構な扱いでスクープされるほどになった。7年前。

しかし彼のブームは、彼の出ていた番組と共に下降線を辿る。
 

2年半前、ぼくは今住んでいる町に引っ越した。連載はとうの昔に終わり、その後どこからもお呼びがかからなかったので、その程度の才能だったのだとあきらめたぼくは何とか仕事を見つけ、通勤時間と交通費がかからないようにするために、勤務先まで歩いて10分ほどのアパートに居を構えた。

相変わらず暇だったので、インターネットで近所のレンタルDVD店を探し、入会する事にした。歩いて10分かからない場所にそれはあった。

入会手続きを済まし、とりあえず何本か借りる事にした。何を借りたのかは覚えていないが、いちおう店内の棚割りを見て回り、この店の在庫状況や併設している中古ゲームコーナーの取扱商品をチェックした。

店内に、処分扱いとなったレンタル商品を中古価格で売るコーナーを見つけた。

桜塚やっくんのDVDがあった。100円だった。

こちらに向けられたDVDパッケージの背表紙は既に日焼けしていて、この商品がもう長くこの店のその場所に置いてあることが分かった。「見ないとがっかりだよ!」というタイトルのその商品を観るものは誰もいなかった。袖刷りあう程度の交流をしたぼくも、たとえそれが100円であっても買おうとは思わなかった。つまり、ぼくはテレビで何度も笑わせてもらった彼を既に消費していて、改めて体験する気にならなかったのだ。

それからもずっと、そのDVDはその店の中古コーナーで、他の100円商品がポツポツと出ていく中、死に体で不動のポジションを築いていた。
 

数日前、そのDVDが無くなっていた。彼が死んだ次の日の事だった。
 

事故を知っていたぼくは、どんな人がこのDVDを買っていったのだろうかと想像した。本当のファンだったのだろうか。それとも興味本位。もしくは既にカタログ落ちしたこの商品を転売目的で? 答えはそのどれでもなかった。

邦画・バラエティ「お笑い芸人」の棚にそのDVDはあった。

100円でも売れなかったDVDは、7泊8日180円のレンタル商品として再びこの店で扱われるようになっていた。既に貸出中となっていたそれは今後しばらくの間、微々たる利益をこの店にもたらすのであろう。いつまで続くのかはわからないが。
 

彼の死に哀悼の意を表します。